フューチャリスト宣言
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フューチャリスト宣言 (ちくま新書) 著者:梅田 望夫,茂木 健一郎 |
公共性と利他性がインターネットの特質
セレンディピティ、偶有性
シリコンバレーのルーツは、フロンティア精神、テクノロジー志向、反権威、反中央、反体制、ヒッピー文化、カウンターカルチャー。テクノロジーが人をエンパワーする。
日本に求められるのはビジョナリー
石井裕さんがMITでテニュア資格をとったときの審査基準は「それまで誰も手をつけていない分野を切り拓いたかどうか」。MITのコンセプトメイキングを大切にする風土、荒削りでも新しいコンセプトを出すということに最大の価値を置く文化。
コンサバティブなことを言うほうが最後は負ける。そのくらい世の中が進歩する。
大事なバックアップ体制とは官僚的ロジックでお金をいくらだすかということじゃなくて、欠点を含む小さな芽を育ててくれる社会の精神。
カンファレンスみたいな場では特に、英語がかなり上手でないとけっこう弱者ですよ。
ある種のいい加減さ、最初から完璧さを求めない姿勢、だけど早く大勢の人の知恵を集める仕組みが現代的。
システムが一人勝ちする時代
肩書きはいらない。ブログが一つあればいい。ネットでのプレゼンスを高める戦略が大事。
ネットはオープンだからこそ価値がある。コメント欄やトラックバックも大事。
支持してくれる人も酷評する人もいるけど、そのパターンによってある像が浮かび上がる。誤解も含めた感想の総体が、評価であり理解なんだ。
脱エスタブリッシュメント、脱肩書き。これまで何をやってきて、これから何をやりたいのかが問われる。
サーチ・アンド・チョイスの場面で何に関心を払っているかと言う志向性が重要。
有限の時間の中で、無限の可能性の中から絞り込む勝負。
研究者になる資質を持った人と言うのはう野次馬的にいろんな方向に興味を持った人。日経サイエンスに端から端まで目を通しているような人。
たくさんの分野に興味があって、俯瞰して全体の構造をはっきりさせたい人がこれから有利。
専門の深堀より俯瞰性をもってるほうが今後いきていきやすい。ダーウィンもマルクスも俯瞰性の人。
グーグル的なもに対抗しようと思ったらダーウィンのような総合的な見地に立つしかない。
深堀の人はハイリスク。ただそれが楽しくてしょうがないという人に勝てない。
組織に所属するのではなくアフィリエイトする。今や個人として屹立するためのインフラがネット上にある。組織に所属することで完結する人は輝かない。
中途半端なナード、ギークだとサバイブできない。コモディティ化の問題。
ウェブ社会到来はアンダードッグ、マヴェリックへのチャンス。一つのことを好きだとわかるとひきこもっているほうが生産性が高い。
怒りを創造性に結びつけると、すごくいいものができる。
思考の補助線を引くという仕事。
ネットを使って試練にさらされ成長することができる。
ネット時代には逆説的に古典的な教養・総合的な知が復活する。移ろい行くものの固定点・参照点のような役割。
何を言うときにもバカと言われることを覚悟しなくちゃいけない。
オープンにして偶有的なプロセスでやっていかなければ生命体の成長はありえない。
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